顔面神経麻痺

顔面神経麻痺

はじめに

みなさんは顔面神経麻痺をという病気をご存知でしょうか? 最近では2022年6月10日に世界的な人気歌手であるジャスティン・ビーバーさんが顔面神経麻痺に罹患したことを自身のインスタグラムに投稿され話題となりました。 
顔面神経麻痺は顔の筋肉を動かしづらくなる病気です。神経が左右に1本ずつあるので顔のどちらかのみが麻痺することが多いです。脳に原因がある場合は中枢性と言いますが、我々耳鼻咽喉・頭頸部外科医は脳から出た後の末梢性麻痺の治療を行っております。頻度もほとんどは末梢性です。中には後遺症が残る方もいらっしゃるので、みなさんには是非この病気への正しい理解を深めて頂きたいと思います。

顔面神経麻痺とは

図1 出典:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 ホームページ

顔面神経は、脳から出て耳のある側頭骨の中を通り、耳の下から顔の表情筋に分布しています(図1)。先述のように、顔面神経麻痺は大きく分けて「中枢性」という脳に原因がある場合と、脳から出た後に原因がある「末梢性」の2つに分かれます。脳梗塞で顔面神経麻痺を起こした場合は、中枢性顔面神経麻痺となります。
発症頻度は、年間人口10万人あたり50人ほどといわれ、2割程度の方に後遺症が残ります。意外と身近な病気で、誰にでも起こりうる病気です。末梢性顔面神経麻痺は命に関わるようなことはほぼありませんが、顔の表情や食事の摂取、会話などに影響があります。皆さん、見た目は大事です。顔が歪んでしまうとそのまま外出をしなくなったりするため、精神的にもつらくなってしまう方もいらっしゃいます。しかし、多くの方が適切な治療により治ります。また、後遺症を予防するリハビリもありますので、発症した際には早期に耳鼻咽喉科を受診頂きたいと思います。

顔面神経麻痺の原因のほとんどはウイルスの再活性化

図2 出典:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 ホームページ

原因として事故などの外傷や外科手術の後遺症、中耳炎など感染症から麻痺が生じる場合がありますが、これらが原因の発症数は減っています。 私を含め中高年以降の世代の方は、タレントのビートたけしさんが外傷性の顔面神経麻痺になられたのはご記憶にあるかと思います。
圧倒的に多いのはウイルス性で、中でも最も多いのは『ベル麻痺』と言われ、約60%以上を占めています(図2)。 次に多いのは、顔面神経以外の神経障害も起こし、ベル麻痺より重症となることが多い、『ハント症候群』で約20%を占めています。つまり、原因の約80%はウイルス性なのです。前述のジャスティン・ビーバーさんもウイルス性でした。『ベル麻痺』は、単純ヘルペスウイルス(口唇ヘルペスといってよく口の周りにブツブツとした水ぶくれができる病気の原因ウイルス)が関与し、『ハント症候群』は、水痘・帯状疱疹ウイルス(初回感染はいわゆる水ぼうそうで2回目以降が帯状疱疹という水疱ができる病気の原因ウイルス)が関与していることにより発症することがわかっています。これらのウイルスはほとんどの皆さんがすでに子供の頃に感染し、身体の中に『潜伏感染』しています。疲れやストレス等で免疫が落ちると、おとなしくしていたウイルスが暴れだし神経を障害します。このことを『ウイルスの再活性化』といいます。

顔面神経麻痺の予後を占う検査

顔面神経麻痺になると、当然ですがみなさん「自分は治るのか?」ということが気になります。治るまでには、ある程度時間を要することが多いです。下記検査で重症度を理解することは大変重要です。

  • 柳原40点法:顔の動きを40点満点で評価する主観的な評価方法です。見た目で評価する簡便な方法で10点以下で重症例(完全麻痺)となります。
  • アブミ骨筋反射:顔面神経を介する反射で発症早期に反射を認めるもの(陽性)は治りがよい(予後良好)とされています。
  • ENoG検査:顔面神経を刺激し、健側と患側の表情筋の動きを比較します。発症7~10日目以降の最も状態が悪い時に検査を行います。客観的な検査で予後判定に最も重要な検査とされています。

顔面神経麻痺の治療で一番大事なのは早期ステロイドと抗ウイルス薬 

ウイルスが再活性化すると、神経炎となります。そうすると神経は腫れて『浮腫』となりますが、顔面神経は顔面神経管という側頭骨の骨の中にあるために自分の骨で圧迫されてしまいます(絞扼)。その結果、神経の栄養血管の血流障害(虚血)が起こり、神経の不可逆的な障害が起こるのです。この悪循環がウイルス性顔面神経麻痺の増悪機序であり、これを防ぐことが治療となります。

  • ステロイド:強力な抗炎症作用と抗浮腫作用をもっており、発症7日以内の投与開始が望ましい。
  • 抗ウイルス薬:ウイルスの増殖を抑制する薬で、発症3日以内の投与開始が望ましい。
  • 顔面神経減荷術:手術で顔面神経管の一部を除去することで、神経の『絞扼』を解除する方法で、発症2週間以内の手術が望ましいとされていて、最重症例で検討されます。

つまり、上記治療はいずれも悪化を防ぐ治療です。最終的に障害された神経を治すのはご自身の回復力です。発症早期に上記治療を行い、後は体調を整え回復を待つことになります。

後遺障害を予防するリハビリ

麻痺発症急性期に無理に顔を動かすと、引きつれた表情になってしまう『顔面拘縮』や回復期に間違って神経再生したために起こる『病的共同運動』などの後遺障害が起こる場合があります。病的共同運動とは、口を動かそうと思ったら眼が閉じてしまうなど自分の意図と異なって顔が動いてしまうことです。
重症例であるほど後遺障害は起こりやすいと言われています。後遺障害を予防するには、神経を休ませるのが大事で無理矢理に動かすことはせず、こわばりが生じないようにマッサージしてあげます。

  • ホットパック:顔を蒸しタオルなどで温めて筋肉のこわばりを取る温熱療法
  • 用手的伸長マッサージ:麻痺し固まった表情筋をゆっくり伸ばしほぐしてあげるマッサージ
  • ミラーバイオフィードバック療法:鏡を用いて、眼が閉じないように確認しながら口だけを動かすなど病的共同運動を予防するリハビリです。回復期に行います。
  • ボツリヌス毒素注射:慢性期に行われます。残念ながら病的共同運動や顔面拘縮が生じた場合、注射することで、一過性ですが後遺障害が軽減されます。その間に上記リハビリを行う(再訓練)ことで間違った神経再生が改善されます。

そもそもの発症を予防するワクチン

近年、水ぼうそうにかかる子供がワクチン定期接種により激減したので、その親世代の帯状疱疹が増えています。それはなぜか?子供の水ぼうそう発症で親もウイルスに触れ、免疫が活性化する『ブースター効果』が減ったためと考えられています。このため、50歳以上の方に2016年より帯状疱疹予防目的のワクチン接種が適応となりました。
帯状疱疹を予防することは、同じ原因ウイルスである予後不良なハント症候群を予防することとなります。50歳以上で帯状疱疹既往のある方は是非接種を検討されてください。

最後に 

末梢性顔面神経麻痺は命に関わる病気ではなく、医療従事者の間でも予後良好な疾患というイメージを持たれている方もいらっしゃいます。しかし、顔の表情がゆがんでしまうことは精神的にも社会生活でも大きな影響を与え、後遺障害が残ってしまった患者さんは大変苦しんでおられます。万一、発症してしまった場合は、早期に耳鼻咽喉科を受診頂けたらと思います。

著者 -Author-

ハートライフ病院 耳鼻咽喉科副部長

赤澤 幸則(あかざわ ゆきのり)

【プロフィール】
琉球大学医学部卒。同大学で初期臨床研修後、浦添総合病院や豊見城中央病院、りんくう総合医療センター市立泉佐野病院、南部医療センター・こども医療センターで研鑽を積む。2020年4月にハートライフ病院に入職。2021年4月に耳鼻咽喉科医長、2022年4月には耳鼻咽喉科副部長に就任。現在に至る。
【学会認定等】
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会認定専門医、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会専門研修指導医、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会補聴器相談医、補聴器適合判定医、医学博士

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